日々読学

Since 2007年12月06日(木) ~Activated Sludge ブログ~

チェルノブイリ の検索結果:

●【放射線を浴びたX年後】…《半世紀以上前の列強国による…核実験に関わったイギリス軍の元兵士や遺族…その海で何があったのか》?

…と診断…1986年のチェルノブイリ原発事故では4~5年後に子どもの 甲状腺がんが急増した」。取り返しのつかない「X年後」が経過してしまった のではないでしょうか」 『●東京電力原発人災から『X年後』…… 取り返しのつかないことが現実化してはいまいか?』 『●人類は核と共存できるのか? 『放射線を浴びたX年後』とパグウォッシュ会議』 『●『放射線を浴びた『X年後』』: ビキニの海に居た 元船員「行動しないと永遠に知る機会を失ってしまう」』 『●第五福竜丸元乗組員大石又七さん「ビ…

●《草木のすべてにセシウムが染みついている。田畑を耕すが自分で食べるだけ。孫には食べさせないし、売ることもできない》

…16年に長谷川さんはチェルノブイリを訪ねた。サマショールと呼ばれる立ち入り禁止区域に住み着いた人々は、1500人いたのが126人に。そこに25年後の飯舘村が重なったと長谷川さんは言う。飯舘村は2017年3月に避難解除になり、1000人以上が村に戻った。でも、チェルノブイリのように人はどんどん減っていくだろう。見た目には昔のままでも、草木のすべてにセシウムが染みついている。田畑を耕すが自分で食べるだけ。孫には食べさせないし、売ることもできない。それでも、何百年も先のこの村に子ど…

●《基準値超えのマグロ…午後からは検査がなくなり、すべてのマグロが出荷された…。こうして汚染魚は“ゼロ”に》

…と診断…1986年のチェルノブイリ原発事故では4~5年後に子どもの 甲状腺がんが急増した」。取り返しのつかない「X年後」が経過してしまった のではないでしょうか」 『●人類は核と共存できるのか? 『放射線を浴びたX年後』とパグウォッシュ会議』 「東京新聞の社説【核と人類 パグウォッシュ会議を前に 世界を動かした死の灰】 …《第五福竜丸は一九五四年、太平洋で操業中に、米国がビキニ環礁で行った 水爆実験で被ばくした。大量の放射性降下物(死の灰)を浴び、乗組員の一人が 帰国後、死亡…

●アベ様による「棄民」政策をも追認…東電旧経営陣の刑事裁判で永渕健一裁判長は「無罪」という「政治判断」を下した

…あるはずだ。旧ソ連のチェルノブイリ事故が示すように、原発でいったん事故が起きれば被害は極めて甚大であり、その影響も長期に及んでしまう。 それゆえ原発の事業者は安全性の確保に極めて高度な注意義務を負う。最高裁の四国電力伊方原発訴訟判決でも「(原発の)災害が万が一にも起きないように」と確認されていることだ。 「最大一五・七メートルの大津波」という重要なサインが活(い)かされなかったことが悔やまれる。〇四年にはスマトラ沖地震の津波があり、インドの原発で非常用海水ポンプが水没し運転不…

●中村敦夫さん、《経済的に弱い地域が犠牲になって危険を引き受ける構図は、原発も基地も同じだ》

…に議員になって以降、チェルノブイリ原発事故が起きたウクライナを視察するなど環境や原発問題を提起し続けてきたという。「人類は生物の一種にもかかわらず、環境汚染や原発など生命を破滅するようなことをしている」と強調した。 福島の原発事故が起きても、責任の所在や莫大(ばくだい)な事故処理費用の負担先などが明確になっていないとし、「肝心なところまでごまかす異常体質の国となっている」と指摘。問題の本質が埋没されないよう「表現者の一人として、告知する責任を感じた」と芝居を手掛けた理由を述べ…

●《メディアコントロール》…こんな「広報」マスメディアばかりでは第25回参議院議員通常選挙が思いやられる

…ディ・コクラン)は、チェルノブイリ原発事故に触発されたという、あまりにもストレートな反原発ソングです。 ♪電力は余ってる/要らねえ/欲しくない/原子力は要らねえ/危ねえ/欲しくない…。 こんな感じのリフレイン(繰り返し)が印象的で、発表当時は「過激」とされたこの歌も、福島の事故に向き合う今となっては、予言のようにも聞こえます。 「カバーズ」は一九八八年八月六日の広島原爆の日に発売されるはずでした。それが突然、中止になりました。レコード会社に原発の建設を手掛ける親会社への“忖度…

●東京電力核発電人災、膨大な《デブリの総量も3基で計約880トン》…1個のデブリを僅かに持ち上げた?

…た。八六年の旧ソ連のチェルノブイリ原発、二〇一一年の東京電力福島第一原発の事故より前に、原発災害の脅威が現実のものとなった事故から四十年がたつ…◆日本、廃炉の参考 デブリ総量、福島は7倍》。 『●福島県双葉町「原子力明るい未来のエネルギー」 ……いま、その〝少年〟は?』 「記事は、「原発事故で故郷を奪われることが二度とあってはならない。 日本に原発はいらない」という〝少年〟の言葉で結ばれている」 『●消えゆく「事故を思い出して原発を議論するきっかけになるもの」 ~「原子力 破…

●長倉洋海さん《フォトジャーナリズムの世界に不信感……道を閉ざしてしまうことのないように念じている》

…さらに輪をかけます。チェルノブイリやパレスティナ、福島などで活躍する国際的人権派とされていたジャーナリストの卑劣な犯罪がそんなに〝嬉しい〟のだろうか? そういった週刊誌の編集部や筆者達は、悪罵を投げつけることが出来るほどの、常に人権に配慮した、真剣な記事をこれまで書いてきたのか? 『DAYS JAPAN』最終号の発行が延期になる、ということで編集部より書状を頂きました。発刊から年間契約をしていました。非常に大きな期待をしていただけに、休刊については大変に残念で仕方がありません…

●「津田敏秀教授が「甲状腺がん多発は原発被曝と関係ない」派に反論」…ヒトデナシな核発電「麻薬」中毒者

…に実証されています。チェルノブイリでも過剰診断やスクリーニングなどが話題になり、最終的に日本と同じように腫瘍の大きさが5.1ミリ以上の人々を二次検査し、どの程度がんが見つかるかの検査を実施しました。これらも含め、べラルーシでは、最終的には、非曝露群(被曝していないグループ)や比較的低線量の地域で合計4万7203人での超音波検診の結果、一例も見つからなかった。そして甲状腺がん発生は過剰診断などではなくチェルノブイリ事故による多発だと最終的に決着したのです。これは論文にもなってい…

●東電核発電人災から6年が経過し、全て廃炉へ…な訳がない:高速炉「アベシンゾウ」がゴジラに変身する日

…人文書院)を出した。チェルノブイリ原発事故のデータは正しく伝えられているか、と問う。私が常々感じていた疑問に応えてくれた。 ノンフィクション作家真並(しんなみ)恭介さんは「すべての猫はセラピスト」(講談社)。帰還困難区域に残る牛の取材で知り合った。被災地から救助されたネコや、福島からの帰りに茨城県で出合った「ヒメ」という白いネコの話が書かれている。癒やしは大事だ。 「福島を忘れない」。友人たちのメッセージだ。感想を送ろう。「私も忘れない」 (井上能行) ===========…

●「福島の声」を聞き、避難者に寄り添っていたのはアベ様ら?、それとも、経産省前テントひろばの皆さん?

…たちの街は原発事故でチェルノブイリの状態になり、多くの人や家畜が亡くなった」と訴えた。 さらに「テントは脱原発の象徴だったが、抗議のやり方は別にある。テントがあった場所にまた皆集まってくるはず。命そのものがどう扱われてきたか訴えることは変わらない」と強調した。 捜査関係者によると、抗議集会では、吉沢さんが持ち込んだ牛のオブジェをどけようとした男性警察官にぶつかって抗議したとして、丸の内署が公務執行妨害の疑いで、六十代の男性参加者を現行犯逮捕した。男性は黙秘しているという。 ◆…

●「福島の子どもたちの健康など一顧だにしていない」…「福島の小児甲状腺がんの多発の原因は原発事故」

…その根拠のひとつが「チェルノブイリで多発した5歳以下のがんが発生していない」ことだった。しかし今回、その根拠が崩れたのだ。この結果が意味することは大きいはずだが、検討委員会はそれでもなお「これまでのところ被曝の影響は考えにくい」などと非科学的態度、抗弁を続けている。 結局、検討委員会は政府や電力会社のことしか考えない“御用委員会”であり、福島の子どもたちの健康など一顧だにしていないことがあらためて浮き彫りになったかたちだ。 実際、昨年10月には岡山大学大学院の環境疫学の専門家…

●「始まりの地、福島から日本を変える」: シェーナウ電力、会津電力、飯舘電力…内橋克人さんのFEC

…だろうか」?』 「『チェルノブイリの祈り』(松本妙子訳、岩波書店)… 本の副題は「未来の物語」とした▼だが、この副題は 隠喩以上の意味を持つこととなった。福島の事故を見て 彼女は「私は過去についての本を書いていたのに、 それは未来のことだったとは」と慨嘆したという ▼人類は核と共存しうるのか。常にそう問われる時代に 私たちは生きている。」 『●人類は核と共存できるのか? 『放射線を浴びたX年後』とパグウォッシュ会議』 「《長崎市で第六十一回パグウォッシュ会議世界大会が… 人類…

●砂上にペラペラの壁を造ってまでも再稼働したくなる浜岡原発という「金のなる巨大木」

…たり、八六年の旧ソ連チェルノブイリ原発事故では「4号機増設了解を撤回し(東海地震説で想定されていた)マグニチュード8以上の地震を乗り切って、判断すべきではないか」と後悔をつづったり。 当時町長だった鴨川義郎さん(88)は「原発受け入れ判断の重圧は、大きかっただろう」と述懐する。 源吉さんは会長から退くと、「5号機はもういらんな」と話していたという。ある日のこと、長女が「原発同意したことをどう思っているの」と尋ねた。「そうだな…」としばらく考え「豊かになっただけ、よかったんだろ…

●北陸電力志賀核発電所の原子炉直下に活断層の存在を知りながら…再稼働のために一千億円以上もドブガネ

…016年4月29日 チェルノブイリの地を、二度訪れたことがある。そこで書きとめた、かの地の人々の声を今読み返せば、苦い思いがこみ上げてくる▼原発事故から十年たった一九九六年の四月に現地入りした時、何度も聞いたのは、「悲劇は終わったのではなく、続いている」という言葉だった。だが悲劇は続いているだけでなく、繰り返されてしまった。しかも日本で▼ソ連政府は事故後もチェルノブイリ原発の再稼働にこだわり、三基の原子炉を動かした。最後まで動いていた三号炉が停止されたのは、二〇〇〇年の十二月…

●今中哲二さん「被災した人々にもたらされた災難の大きさは、放射線測定器で測ることはできない」

…09000c)。 《チェルノブイリ災害研究の第一人者とも言われる今中さんは、20年以上にわたる調査から教訓を次のように語っていた。「原発で大事故が起きると、周辺の人々が突然に家を追われ、村や町がなくなり、地域社会がまるごと消滅する。そして、被災した人々にもたらされた災難の大きさは、放射線測定器で測ることはできない」》。 《最後に今中さんは「今、原発はほとんど動いておらず、やめるのにはいい機会。若い人には何が本当に大事なのかもう一度考えてもらいたい」と呼びかけた》。 最後の「熊…

●東電核発電人災避難者の《「怒り」と「慟哭」》、「理由も知らされず避難し、人格が否定された気がした」

…に迫ってほしい》。 チェルノブイリでの教訓が…全く活かされていない。小出裕章さんの講演で良く引用される写真を思い出した。例えば、ブログ『みんな楽しくHappy♡がいい♪』(http://kiikochan.blog136.fc2.com/blog-entry-141.html)から、《先程の迎えのバスに3日分の手荷物を持って乗ろうとしている写真です / ふたりの女性は泣きながらバスに向かっています / 前の女性は鍋かヤカンをもっているようだ / 「この女性は猫を抱いている」と…

●3.11東京電力核発電人災、菅直人(当時)首相談話草案の全文が公開された

…の度の原発事故では、チェルノブイリ原発事故で起こったような放射性物質の大量拡散、いわゆる「死の灰」の飛翔(ひしょう)、大気に乗っての拡散の可能性はありません。放射線の拡散だけならば、政府の指示に従って充分な距離を置けば被害は防げますし、また時間をおけば、安全性の回復が望めます。この点をご信頼いただき、冷静な行動をとっていただくことをお願いいたします。 政府は、全力を挙げて、事故対策、避難支援、生活支援に取り組みます。しかしながら、ことここに至っては、政府の力だけ、自治体の力だ…

●いま、核発電所を再稼働する「地元」へ: 立地する地域住民にも染み渡っていた「日本の原発は安全」…

…八六年四月、旧ソ連・チェルノブイリ原発事故が起きても、二人とも「構造が違うし、あれは別物。日本の原発は安全・安心」と信じていたという。 まさか自分たちがかかわってきた福島第一が自分たちに牙をむき、日光に逃げた後は、四年間も福島県いわき市で仮設住宅暮らしを強いられるとは夢にも思わなかった。 好きな畑仕事もできない仮設暮らしに疲れ、昨年四月、避難指示解除前の長期準備宿泊の段階から自宅に帰った。母屋は屋根が壊れて荒れ果て、解体・建て直しが終わるまで、大きな物置をすみかにした。 よう…

●今中哲二さんも京都大学原子炉実験所を退職

…取り組んだ。八六年のチェルノブイリ原発事故後でも現地に入った。 十日の講座には市民ら百五十人が詰め掛け、六人衆も九四年に亡くなった瀬尾さんを除く四人が見守った。 今中さんは「チェルノブイリは人ごとだったが、福島では同じ日本語で気持ちが通じ合えるおじいさんや子どもらが被災した。日本が放射能汚染に五十年、百年と向かい合う時代になった」と語り「福島にはかかわっていくし、私がまだ役に立つことはあると思う」との思いを明かした。(相坂穣)=========================…

●年1ミリシーベルト=「『反放射能派』…が騒いだ中で、何の科学的根拠もなく時の環境大臣が決めた」

… 『●スリーマイル、チェルノブイリに学べないNIPPON』 『●内部被ばくについての鎌仲ひとみ監督新作』 『●子供にとっての年間20ミリシーベルト』 『●年20ミリシーベルトでOK!?: 20倍にアップ、 そして「自己責任」に逃げた原子力「推進」委員会』 丸川珠代環境相、正気でしょうか? クサっても「環境」大臣が…。子どもには「1ミリシーベルト」でさえ問題という議論があるというのに。 『●田中正造さんと自公議員を 比較しても仕方のないことだけれども・・・』 《丸川と直接対決で…

●星北斗座長「甲状腺がんは放射線の影響とは考えにくい」…では、何が原因なのか?、を説明して下さい!

… 『●スリーマイル、チェルノブイリに学べないNIPPON』 『●内部被ばくについての鎌仲ひとみ監督新作』 『●年20ミリシーベルトでOK!?: 20倍にアップ、 そして「自己責任」に逃げた原子力「推進」委員会』 『●『DAYS JAPAN』(2014,JUN, Vol.11,No.6)の最新号についてのつぶやき』 『●東京電力原発人災から『X年後』・・・・・・ 取り返しのつかないことが現実化してはいまいか?』 『●「私たちは被ばく船員を見捨ててきたと痛感」 ・・・2011年か…

●人類は核と共存できるのか? 『放射線を浴びたX年後』とパグウォッシュ会議

…だろうか」?』 「『チェルノブイリの祈り』(松本妙子訳、岩波書店)… 本の副題は「未来の物語」とした▼だが、この副題は 隠喩以上の意味を持つこととなった。福島の事故を見て 彼女は「私は過去についての本を書いていたのに、 それは未来のことだったとは」と慨嘆したという ▼人類は核と共存しうるのか。常にそう問われる時代に 私たちは生きている。」 『●黙殺される東電原発人災『X年後』: 「100万人に2~3人という日本の全国平均を大きく上回ったもの」』 ===============…

●黙殺される東電原発人災『X年後』:「100万人に2~3人という日本の全国平均を大きく上回ったもの」

…災から『X年後』。《チェルノブイリ事故では甲状腺がんは5年目に激増した。来年、事故後5年目に突入する福島県の子供たちのためにも、正確な情報とその理解と対策が一刻も必要だ》。マスコミや政府、電力会社はなぜ沈黙を守るのか? 『●東電原発人災から『X年後』:「自分が壮大なできごとの 参加者だということがわかっているのだろうか」?』 《「甲状腺がんの発生率がナント! 国内平均の 「50~20倍」に達していた――という内容… 「原発事故と甲状腺がんの因果関係は不明」と トボケ続けている…

●東電原発人災から『X年後』:「自分が壮大なできごとの参加者だということがわかっているのだろうか」?

…ぐ死んじゃうから」。チェルノブイリ原発の事故後、現地ではこんな会話が聞かれたという…大戦と原発事故をともに経験したある医師は作家にこう問い掛けたそうだ。「人々は、自分が壮大なできごとの参加者だということがわかっているのだろうか」》。 《「甲状腺がんの発生率がナント! 国内平均の「50~20倍」に達していた――という内容…「原発事故と甲状腺がんの因果関係は不明」とトボケ続けている政府と福島県の責任は重い》。 『●映画『放射線を浴びた『X年後』』: 「こんな巨大な事件が、・・・日…

●立ち止まるなら今・・・「原発政策を福島第一原発事故以前に先祖返りさせたのが自民党安倍政権」

…や。それは人類史上でチェルノブイリ原発事故に次ぐ放射能汚染による大規模な自然環境破壊、ありとあらゆる生命への危害であった。経済発展のため、エネルギー確保のためと、言い繕って問題をそらしてはならない。日本人全体への警告、問い掛けだ。それを日本人ははっきり認識すべきだ。 なかんずく、原発事故によってそれぞれの未来に関わる生存基盤であるふるさとを失ってしまった人たちに対し、「がんばろう」、「復興」の掛け声をかけるのみでよかったのか。これでは70年前の敗戦と同じでないか。塗炭の苦しみ…

●「私たちは被ばく船員を見捨ててきたと痛感」・・・2011年から「X年後」を怖れる

…・・・・1986年のチェルノブイリ原発事故では4~5年後に子どもの甲状腺がんが急増した」。取り返しのつかない「X年後」が経過してしまったのではないでしょうか」。 『●映画『放射線を浴びた『X年後』』: 「こんな巨大な事件が、・・・日本人としての資質が問われる」』 『●米軍の「差別性の極み」:NNNドキュメント’14 『続・放射線を浴びたX年後 日本に降り注いだ雨は今』』 『●東電原発人災の『X年後』: 厚生省「1.68ミリシーベルト」 vs 研究者「1400ミリシーベルト」』…

●絶対に安全なので安心せよ!、公表義務な~し!!:「原発攻撃被害報告書 「福島」に生かされず・・・」

…十一)年には旧ソ連・チェルノブイリ原発事故が起きたが、その時ですら報告書の公表はなく、原発の安全対策に生かされることはなかった。 当時は米ソが核兵器の開発を競う冷戦時代。科学技術史が専門の吉岡斉・九州大教授(61)は原発の軍事攻撃を想定した報告書が公表されれば「国民の間で核兵器と原発が一体的に連想されることを心配したのではないか」と推測する。 「国家と秘密 隠される公文書」(集英社新書)の共著者で、歴史学者の久保亨・信州大教授(62)も「原子力は、軍事に転用できる技術の最たる…

●『DAYS JAPAN』(2015,APR,Vol.12,No.04)の最新号についてのつぶやき

…10年目の健康調査 チェルノブイリ避難民6039人のアンケート】、「あらゆる被害の調査を 小出裕章 ・・・多種多様な被害も、おそらくは被曝に関係しているし、そうでない場合でも、事故による生活環境の変化とは当然関係している・・・原子力発電所の事故による被害が過酷であることを、改めて思う」、「事故前、事故後の体調の激変 広河隆一」、「事故後の日本への暗示となる調査 矢ヶ崎克馬」、「顕著に現れた放射線障害の症状 崎山比早子」、「被害実態伝える貴重な声 吉田由布子」、「飯館村住民の「…

●「原発に依存しない地域の未来図を」描くことは可能だ

…しかし、一九八六年のチェルノブイリ原発事故を境に、考えを改めた。 そして三年前の九月、欧州視察の成果を踏まえ、美浜町長に宛てた脱原発の提言書をしたためた。その中で次のように書いている。 <都市部の多くの人たちは、『危険な原発は止めればよい』という思いなのでしょうが、私にはそうはいきません。原子力発電所で働いている人たちの生活があります。自治体の財政問題もあります。それらを解決しようとせずにただ『止めればよい』と言うのであれば、私は都市部の人たちに反旗を翻さざるを得ません> 立…