日々読学

Since 2007年12月06日(木) ~Activated Sludge ブログ~

東海原発 の検索結果:

●《◆原発はコスト的にも見合わず、国益にならない》…大島堅一さん《被害を学び、事故が起こりうることをリアリティーを持って受け止められれば、簡単には再稼働と言えないはず》なのに…

…ません。1966年に東海原発(茨城県)ができてから、原発は60年になるわけですが、そこから得た利益から、維持費、原発事故、核のごみなどの負の遺産を差し引くと、ものすごく大きなものを失っている。それを国民が負担している。 新設の建設費は少なくとも1基当たり1、2兆円のレベルになってきている。自民政権は、投資が進まないから電力会社を支援する制度を導入しようとしていますが、コスト的に見合わないことの証明です。市場は正直。何の利益を守るのか、国民の生活を守るという………………。===…

●武藤類子さん《本来ならその人たちにとってもこの10年、まったく違った時間があったはず…原発事故は、その時間を奪ってしまった》

…的に日本原電は独自で東海原発の津波対策をして、その結果東日本大震災による津波の際にも、ぎりぎりのところで事故に至らなかったということも明らかになりました。──津波対策の必要性がしっかりと東電社内でも認識されていて、それなのにやらなかった、ということですね。武藤 なぜやらなかったのかについても、元社員の方が証言しています。2004年の新潟県中越地震のとき、東電が新潟県に所有する柏崎刈羽原発では、火災が起きて放射性物質が漏れ出るなど大きな被害が出ました。その修理のために一時運転が…

●四十年廃炉ルール無視、特例中の特例のはずが…日本原電は東海第二原発の再稼働をしたいらしい…

…の商業用原子炉である東海原発は、三十二年で運転終了、廃炉、解体中。七〇年稼働の敦賀1号機も廃炉が決まっている。 八七年稼働の敦賀2号機は、直下を活断層が走る恐れが指摘され、廃炉やむなしの公算大。七八年運転開始、来年操業四十年の東海第二を延命させないと、売るものがなく、電力卸売会社としての存続が困難になる。 しかし、延長の前には高い壁がある。資金繰りの壁である。 3・11後、安全対策のハードルは高くなり、四十年廃炉のルールもできた。延長は、本来例外的に認められるが、さらに特別な…

●「古い原発」を廃炉にするので「新しい原発」は再稼働オッケー・・・なんて言語道断

…なった日本原子力発電東海原発は昨年、今年度から予定していた原子炉の解体作業着手を遅らせ、全体の廃炉完了時期を2025年度に5年間先送りした。 原子炉内の部品など「低レベル放射性廃棄物」は50~100メートルの地下に埋める計画だが、その処分地が決まっていないためだ。処分地で安全を保つための基準さえできていない。 東海に限らず、日本は、使用済み燃料から、こうした原子炉内の部品まで最終的な行方が決まっていない。現在の原発敷地内に置いたまま、という事態になりかねない。 安倍政権のもと…

●原発人災・汚染の原因者が「税金による事業で利益をもたらす」醜悪な構図

…mの記事をもう一つ【東海原発、廃炉先送りへ 解体後のごみ処分場決まらず】(http://www.asahi.com/articles/TKY201311170282.html)。 1番目や2番目のような記事にある、こういう現実を見せつけられると、国費投入に反対せざるを得なくなる。「汚染の原因をつくっておきながら除染の責任を十分果たそうとしない東電側に、税金による事業で利益をもたらす構図」や「利益を還流」する構図なんて、醜悪。「NUMOの事業費も電気料金で賄われているため、市民…

●すぐさま廃炉作業に着手を!

…は、日本原子力発電 東海原発(出力16.6万キロワット、炭酸ガス冷却炉)と中部電力浜岡原発1号機(54万キロワット、沸騰水型)、同原発2号機(84万キロワット、同)の計3基にとどまる。 日本原電は、東海の廃炉費用を計850億円と見込み、2020年度までに終了させる予定。中部電は浜岡1、2号機の2基で841億円かかると想定し、36年度までに終える計画だ。(略) 一方、福島1~4号機の廃炉費用は「青天井」になっている。東電は4基の廃炉処理にこれまで9579億円を投じたが、放射性汚…

●破廉恥な行為: 「首相自ら途上国への原発セールスに駆け回る」

…なっている。 現在、東海原発(茨城県東海村)、浜岡原発1、2号機(静岡県御前崎市)で廃炉作業が進行中だ。さらに、直下に活断層がある敦賀原発2号機(福井県敦賀市)や稼働四十年以上の老朽化原発が続々と廃炉になる可能性がある。 電事連広報部は、余裕深度処分に関して「処分場の場所は現段階では決まっていない。各電力会社共通の課題として考えていくべきものと認識している」と話している。=====================================================…

●子供の日、漸く原発がこの国から〝消えた〟日

…る。国内初の日本原電東海原発(茨城県東海村)と敦賀原発1号機(福井県敦賀市)が止まって以来、四十二年ぶり。ただし、稼働中の原発がその二基だけだったころのことだから、比較にはならない。◆不安定な基幹電源 東海原発は一九六六年に、営業運転を開始した。その後七〇年代に二度のオイルショックを経験し、北海道から九州まで、沖縄を除く日本全土に「国策」として、原発が建設された。五十基が現存し、この国の電力の約三割を賄う基幹電源に位置付けられる。 しかし、安全意識の高まりの中で、新規立地や増…

●原発「安全神話」喧伝のための洗脳映画

…発電所である茨城県の東海原発の建設を記録した『東海発電所の建設記録』、さらに、原子力発電所の安全対策を解説する『原子力発電所と地震』などが上映される予定だ。 また、1976年に完成直後の福島第一原発を取材し「安全神話」への疑問を投げかけたテレビ・ドキュメンタリー『いま原子力発電は...』も上映される。 上映後には、『いま原子力発電は...』を演出した羽田澄子氏や、社会学者の吉見俊哉氏らによる討論も行われる、盛りだくさんの内容だ。 被爆国であり原子力に対するアレルギーがある日本…

●原発の父・正力松太郎のくだらない〝理由(わけ)〟

…957年8月、茨城県東海原発実験炉に日本で初めて原子力の灯がともった。しかし、正力の首相になる夢は叶わず、マイクロ波構想も通信・放送衛星の登場によって、意味のないものとなってしまった。 夢のエネルギーであるかに思えた原子力発電にも問題が起きる。その年の10月、イギリスのウィンズケールの原子炉で大規模な事故が起こり、原発のリスクが顕在化したのだ。正力が科学技術庁長官並びに原子力委員長を退任した後の1961年、原子力賠償法が成立したが、その内容は事業者負担の上限を定め、それ以上は…