日々読学

Since 2007年12月06日(木) ~Activated Sludge ブログ~

盧溝橋 の検索結果:

●1940年、斎藤隆夫元衆院議員が中国との戦争を批判する「反軍演説」を行った…【何が"去り際の宰相"を突き動かすのか? 石破首相が《復活》に執念を…】

… 1937年7月には盧溝橋事件が起き、日本と中国との軍事衝突が拡大していく。当時、「支那事変」と呼ばれた日中戦争に対して、国会では政府への追及が続いた。 そして、1940年2月2日。斎藤は衆院本会議場に登壇。米内光政首相(当時)らに対して「支那事変処理を中心とした質問」を始めた。冒頭は「支那事変はどうなるのか、国民はこの議会を通じて聴くことが出来得ると期待しない者は恐らく一人もいない」などと、穏やかな調子で始まった。 そして、次第に追及のトーンが上がっていく。「十万の将兵は戦…

●高畑勲監督「「人を殺したくない」という気持ちこそ」…日本の「侵略戦争」と「加害責任」を問うテーマは…

…ける」の時代背景は、盧溝橋事件から2年後の1939年。主人公の「昭夫」は京城帝大の予科生だ。学友たちとやがて戦地に駆り出されることを意識しながら飲み会をしていた初夏の夜、密かに好意を寄せる「和枝」から、満州での訓練中に事故死したとされた和枝の兄で幼馴染の「信彦」が生きていることを聞かされる。 日本が1932年に樹立した「満州国」。昭夫はふと、信彦が満州の軍官学校行きを決めたときに「天皇陛下のためには死ねそうもないが、満州の未来のためなら死ねる」と言っていたのを思い出していた。…